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女性解放論者である平塚らいてうが手がけた『青鞜』は、日本においてはじめて発刊された女性による女性のための雑誌である。創刊号にらいてうが寄せた辞「元始女性は太陽であつた」は、日本における「新しい女」を標榜したマニフェストでもある。この雑誌の名前『青鞜』は奇異に聞こえるかもしれないが、それもそのはず18世紀半ばのイギリスにおいて「ブルーストッキングズ」(Bluestockings)と呼ばれた女性たちの集団に倣い、それを和訳したものだからである。
しかしながら、ブルーストッキングズは必ずしもフェミニストたちというわけではなかった。主に知的な談論を目的として集まった女性たちである。エリザベス・モンタギュやエリザベス・ヴェシー、さらにはフランシス・ボスカウェンが自宅を集会場として提供し、そこにエリザベス・カーター、フランシス・バーニー、ハナ・モアといった女性作家、さらにはサミュエル・ジョンソン、画家のサー・ジョシュア・レイノルズといった男性文化人が一同に会して、知的議論を戦わせながら、肩肘のはらない社交を楽しんでいたのである。「ブルーストッキングズ」という名前は、仲間の一人の植物学者ベンジャミン・スティリングフリートがうっかりして白絹のストッキングではなく、労働者階級の人たちがはくような安物の青い毛織物のストッキングをはいてきてしまったことに由来する。
ブルーストッキングズの文化は、いわゆる啓蒙主義の影響を受けた現象の一つとして考えることができる。だが、女性たちが主役であり、エリザベス・モンタギュが象徴するように上流階級文化を反映しつつも、青いストッキングをはいてきても歓迎される気取りなさと自由闊達さを保っている点で意義深い。ハナ・モアがヴェシーに捧げた詩「ブルーストッキングズ − 会話」では、「口語体の機知が輝きはじめ / 才能が隆盛し、会話が / 改革と一体化する」と、古臭い慣習や堅苦しい社交マナー、古典的な表現などからの開放と刷新を目指していた彼女たちの進取の精神を高らかに謳っている。
同じ頃パリで花開いたサロンとの類推をしたくなる衝動は否めないが、ブルーストッキングズの政治的な位置づけは極めて難しい。パリのサロンのように政治家が顔を出し、国政を左右するほどの駆け引きが行われた政治の裏舞台ではない。そのため学術的にもブルーストッキングズの重要性は看過される傾向が強かった。下手をすれば有閑階級マダムのお茶会のように見られがちでさえあった。
しかしながら、近年ブルーストッキングに対するこうした見方に対して疑問が投げかけられている。リヴァプール大学のエリザベス・エガーはその一人である。2001年に彼女が編集した『女性、著作、そして公共圏 1700-1830』においては、女性による著述と市民社会との関係を多面的に考察する中で、ブルーストッキングズが持つ政治性についても指摘した。その上で、今年3月13日からロンドンのナショナル・ポートレート・ギャラリーで開かれている展覧会「才気きらめく女性たち ― 18世紀のブルーストッキング」に合わせてカタログを出版し、より一般的な形でイギリス型女性サロンの意義を再考してみせている。彼女たちが単に非政治的なおしゃべり社交に終始したわけではなく、著述を通じて一つの文化圏を構築し、さらには彼女たちの影響を先駆的フェミニストとして知られるメアリ・ウルストンクラフトや女性の歴史家キャサリン・マコーリー、さらには「リッチフィールドの白鳥」と呼称されたアナ・シーワードのような作家にまでたどることで、政治的な意味さえ見出そうとしている。
くだけた「おしゃべり」がそのまま政治的なものとしてハーバーマスの言う市民社会としての公共圏に重なっていくわけではないが、ノリッヂなどの都市にはフランス革命前後に政治談論を熱心に行っていた女性サロンが登場していたことを考えれば、ブルーストッキングズの文化的影響は意外なほど広範囲におよび、そこに政治性を認めていく必要はあるかもしれない。少なくとも「おしゃべり」を中心とした社交が持つ文化的・文学的価値には他の研究者も着目しだしている。ジリアン・ラッセルが編集した『ロマン主義的社交性』(2002年)には、ロマン主義時代の社交性の文学的・政治的意義を跡づける論考が含まれている。
とすれば、らいてうが『青鞜』(=ブルーストッキングズ)をフェミニスト雑誌のタイトルに用いたのは完全な誤解とも言い切れない。現在開かれてている「才気きらめく女性たち」展でも、わずか2部屋の小さな空間に、ブルーストッキングズの革新的で、溌剌とした精神・文化は十分感じることができる。女性のおしゃべりと社交、そして公共圏の関係は複雑なものだが、現在行っている科研共同研究の課題の一つとしても何らかの結論は出したいものだと思っている。
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