
ちょうど10代の終わり頃だったろうか、ブルースに所縁のある町を旅したことがある。そのうちもっとも想い出に残っているのがニュー・オーリンズだった。フレンチ・クォーターでは真夜中過ぎまでジャズが賑やかに演奏され、店ではお酒を片手に人々が談笑し、歌い、踊る。たまたま知り合ったプロデューサーや仲間たちの陽気さがたまらなく魅力的だった。「俺たちは、日本人だろうと旅行者だろうと、音楽を愛する人間なら誰でも大歓迎さ。また明日な。」別れ際に彼は僕の肩を叩いて去っていった。その翌日、二日酔い気味の頭を抱えて町の市場にむかった。朝食代わりに新鮮なブドウを一房買い、ミシシッピ川の堤防に腰掛けながら食べた。降りそそぐ太陽の光が川面にきらきらと跳ねている。それがニュー・オーリンズの人々の心の輝きのように見えた。
そのニュー・オーリンズがカトリーナによって破壊され、現在もその悲惨な爪痕が消えない。ハリケーンの風雨と河川の氾濫によって泥沼の廃墟と化してしまった町。あの時一緒に飲んで歌っていた人たちの家もおそらく被災したに違いない。カトリーナ通過直後のテレビの画面に移されたフレンチ・クォーターの様子に愕然とした。それは死んだ町(ゴースト・タウン)だった。人も音楽もそこにはなかった。あまりに変わり果てた町の有様に胸を痛め、アメリカ政府の対応に怒りを覚えるのは僕だけではないであろう。
イギリスにも規模こそ小さいがハリケーンはある。こと冬には、メキシコ湾からの暖流がもたらす暖かい空気と北極からの冷たい空気がぶつかって気候が不安定になり、暴風や豪雨が多い。当然洪水も起きる。車を運転していると目の前から忽然と道路が消え、川が濁水をたたえて悠々と横切っているのに遭遇したことも一度や二度ではない。オックスフォードやケンブリッジの古いコレッジの図書館は2階にあるものが多い。昔はしょっちゅうアイシス川やテムズ川、ケム川が氾濫し、地階はいつも水浸しになっていたからだ。20世紀で最大の被害があった洪水は1953年にイングランドの東海岸近くのイプスウィッチで起こったものだ。300人の人が亡くなっている。天候に関する情報伝達手段が未発達だったため逃げ遅れた人たちがほとんどだ。テレビ・ラジオ・インターネットが普及した現在死傷者の数は少なくなったが、それでも毎年のようにイギリスのどこかで洪水が起こっている。
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『ハリー・ポッター』にも出てきたオックスフォードのデューク・ハンフリー図書館も2階にある。 (写真はhttp://www.bbc.co.ukより) |