© 2005 Kaz Oishi


現代イギリスこぼれ話 No.6

11月の焚き火

 めっきり寒くなった最近の東京だが、イギリスの11月の風物誌といえば115日の「ガイ・フォークスの日」(Guy Fawkes Day)である。そこここの村や町で大きな焚き火(Bon Fire)が焚かれ、子供たちが奇妙な髭の生えた男の人形を燃やす。この男こそ、今から400年前の1605115日、あろうことか国王・議員もろともイギリスの国会を爆破しようと試みた謀反人一味のガイ・フォークスである。未然に防がれ大事には到らなかったが、それ以後国家の平安が維持されたことを祝い、彼を擬した人形や紙型を燃やす火祭りがはじまったのである。

 あちこちの夜空には花火も散る。別に寒いから焚き火や花火をするわけではない。すでに暗く陰気な長い冬がはじまっているこの季節、その憂さをはらす機会の一つがこのガイ・フォークスの火祭りだと思う。毎年空に届かんばかりの巨大な焚き火が燃やされ、パンパンと花火が弾けるのをみると、今年もやっぱり暗い冬だなあ、と妙な感慨を新たにするのである。最も有名なのはサセックス州のルイス(Lewes)の町の火祭りである。日本各地の花火大会や青森のねぶた祭にも勝るとも劣らない活気を見せる。
 現在でこそこんな風に呑気に構えて「ガイ・フォークスの日」のことを書けるが、当時としては大変な騒動であった。その背景には16世紀以来続いてきたカトリックとプロテスタントの血生臭い抗争があったことを忘れてはならない。エリザベスI世の狡猾な宗教政策下で劣勢におかれていたカトリック教徒にとって、彼女の死後スコットランド王からイングランド王となったジェームズI世は、同じカトリック教徒として勢力挽回のための希望の星であった。
 しかし、ジェームズI世は弱腰にイングランド国教のみならず清教徒までも保護を認めてしまう。過激なカトリックにとって、それは許しがたい切り行為に映った。
 

 

 ロバート・ケイツビー(Robert Catesby)が首謀者になって、それなら国会もろとも国王を爆破しようということになったらしい。国王・議員が一同に会して国会開会式典が行なわれている最中に、地下に運び込んだ爆薬を爆破させる計画が遂行される。決行日は1605115日。国王を葬った後は、次の国王まで決めていたのだから、言ってみれば政権奪取のクーデターである。しかし、大それた謀反の例に漏れず、計画は未然に露見し、点火直前の前日地下室に検察隊が突入し、そこにいたガイ・フォークスを逮捕し、仲間も追及される。ケイツビー以下4人の中心人物は潜伏先を警吏隊に襲撃され殺される。ガイ・フォークス自身は、ロンドン塔へ投獄の上過酷な尋問を受け、最後は議事堂正面で四つ裂きの刑に処せられた。悲惨な末路である。
 今でも国会開会式典で女王陛下が詔を述べるときには、事前に地下室に爆薬がしかけていないかヨーマン警備隊が見回りにいく。それも17世紀と変わらないランタンを下げてである。いかにもイギリス的な儀式だ。豪勢な赤い隊服で身を包み、ランタンを下げて国会内を徘徊する姿は、イギリスの政治の歴史と伝統を感じさせるのに十分だが、その一方滑稽でもある。いまどき国会を襲撃するのに、誰も爆薬を地下室に運び込む輩はいないだろう。やるなら、テムズ川から爆弾を打ち込んだほうが遙かに効率的である。第一、電灯でまばゆいばかりの国会内の探索にランタンなどいらない。それでもこの恰好でガイ・フォークス探索の儀式をし続けるところがイギリスなのだ。
 
 先日『タイムズ紙文藝書評』(
Times Literary Supplement)を読んでいたら、この時代の劇作家ベン・ジョンソン(Ben Jonson)がこのケイツビーやフォークスらカトリック謀反人グループと爆破遂行日前に食事をし、そしてイエズス会のトマス・ストレーンジ(Thomas Strange)なる人物から聖書まで贈呈されていたらしいという報告があった。ジョンソンが直接的ではないにせよ、この未遂反逆事件に関与していた可能性が強いことになりそうだ。もし、そうだとしたら、ガイ・フォークスの代わりにベン・ジョンソンの人形、さらには彼の戯曲も燃やされ、この世から彼の作品が上演されることがなくなってしまったであろう。ベン・ジョンソン愛好家には背筋の凍るような冬の一日になることであろう。
写真はBBCウェブサイトより
過去の「こぼれ話」記事 

Cool UK トップページへ