現代イギリスこぼれ話
No.11

ファッション雑誌からタブロイド紙

先日「プラダを着た悪魔」(Devil Wears Prada)を見に行ってきた。なんと軽薄な、と思われてしまうかもしれない。
 しかし、映画たるもの楽しくなければ意味はない。最近とみに忙しく、ともかく思いっきりスカッとしたかったし、笑いたい気分だったのだ。実際のところ、面白い映画だった。ファッションについてはほとんどわからなかったが、ファッション雑誌の編集作業の裏幕を垣間見ることができて愉快だった。
 

原著者はヴォーグでの実体験を素材にしているらしい。誇張を割り引いたとしても、この業界で生き残っていくのは並みたいていのことではないのはよくわかる。時代ごとに常に斬新なセンスを要求されるし、撮影、記事、写真の校正など通常の雑誌とは異なる特殊な事柄に気をつかう。きな臭い裏の駆け引きや権力争いも現実だ。

 先日まで大英図書館のギャラリーで開催されていた企画展Front Pageは、新聞の第一面が時代を経ていかに変化してきているかを辿ったものだった。それぞれの時代でニュースの見せ方は微妙に変貌している。世相の映し方、視点、ニュースの扱い方そのものが少しずつ変化してきているのだ。
 
もっとも興味深かったのはイギリスのタブロイド紙である。それらの第一面は、タイムズやガーディアンといった品のいい新聞に比べて、かなり過激である。山本浩の『仁義なきタブロイド紙』を読めば、実際にタブロイド紙のニュース収集がいかに熾烈なものかが容易に理解できる。タブロイド紙はいわばイギリス版スポーツ新聞のようなもので、大衆向けにゴシップネタを豊富に載せている新聞だ。しかも、それぞれ政治的な立場が微妙に異なりもとは保守系のサン(
The Sun)と昔から労働党寄りのデイリー・ミラー(The Daily Mirror)は仇敵同士の関係にある。どの新聞も国民をあっと驚かせるネタをすっぱ抜こうと必死である。
 
2003年、デイリー・ミラーの記者ライアン・パリーが、バッキンガム宮殿に召使として忍び込み
2ヶ月間暮らした後、その宮殿の中での王室家族の暮らしぶりやら様子を写真つきで書きたてたということがあった。あろうことかバッキンガム宮殿のテラスで召使の服装で立っている記者の写真が一面に大きく掲載され、女王陛下の犬と宮殿の庭でじゃれあったりしている写真まであった。あわてたのは王室だ。セキュリティーに大きな欠陥があることが明らかになってしまった。裁判沙汰にさえなったが、そこまでやらずには気がすまないのがタブロイド紙である。

 たまたま今日ニュースを聞いていると、また王室とタブロイド紙の軋轢を示唆する事件を応じていた。しばらく前にニュース・オフ・ザ・ワールド(The News of the World)というタブロイド紙の記者2人が、ウィリアム王子の留守番電話を傍受して、関係者以外知りえるはずのない彼の個人的なつきあいや夕食会、膝の手術などについてすっぱ抜いたのである。これはプライバシーの侵害であり、完全に法律違反である。今日のニュースでは記者二人に対して有罪の判決が下ったことが報じられていた。

 ダイアナ妃の自動車事故の際にみられるように、パパラッチのような取材がプライバシー侵害ではないかという批判は常にあるし、裁判沙汰はしょっちゅうだ。しかし、記者のほうも命がけである。それもそのはずで特ダネ情報、特ダネ写真にはものすごい金額がかけられるのだ。買収費用が何千万円という単位に達することもある。新聞社のほうでも、それだけお金をかけても何百万人が読んでくれるのだから、すぐに元はとれるのだ。まじめなタイムズ紙やガーディアン紙がいくら頑張っても数十万人程度の読者しか獲得できないのとは大きな違いである。金の使い方がまるで違う。
 だが、タブロイド紙の知られざる神秘の一つは、実は記者の中にはオックスフォード大学やケンブリッジ大学を優秀な成績で卒業した超エリートがいることだ。たしかにそうとうな文才と機転がないと気のきいた扇情的な文章もかけるものではない。かつてブレアー首相の側近で彼のスピーチや広報を一人で管轄していたアラスター・キャンベルという男もその一人だ。ケンブリッジ卒業後、ポルノ小説家、新聞記者を経て、ブレアー首相のスピーチを手がけるようになる。ポルノ小説はともかく、タブロイド紙での経験がなければ国民の心をつかむことはできなかったであろう。ダイアナ妃が事故死した際ににブレアーがしたスピーチ「国民のプリンセス」(People's Princess)は、キャンベルの起草である。国民の心を掴むタブロイド紙は、英国の政治をさえ左右する。ブレアーの側近としての彼の働きぶりは映画The Queenの中で少しだけ披露されているから観ると面白い。

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