現代イギリスこぼれ話 No.7
〜パズルな国、イギリス〜
今イギリスで大流行なのが、su dokuである。何だか日本語のような摩訶不思議なものだろうな、と想像した人はいい語感をしていらっしゃる。その通りだ。日本語で書くと「数独」。いわば、数字を使ったクロスワード・パズルである。縦横9×9のマス目に1から9の数字を縦横に同じ数を使わないように並べていくだけであるが、実は意外に難しい。マス目の幾つかにあらかじめ数字が並べてあって、それらを含めて縦横すべてに1から9の数字を並べていくのだ。さらにもう一つ高いハードルがある。9×9のマス目上には、3×3のマス目が9個できることになるが、その9個のマス目まで同時に1から9の数字を同じ数字が重ならないように埋めていく必要があるのだ。ご興味のある方はインターネットにも問題があるからやってみるといい。結構難しい。
クロスワード・パズルが苦手なある日本人が考えだしたのがはじまりらしい。確かにクロスワード・パズルは語彙力が多さを試されるため敬遠しがちであるが、「数独」くらいは簡単だと思えてしまうところがミソかもしれない。一度はじめると、解き終わるまで気がおさまらない。
そんなわけで、イギリスでは現在では新聞各紙が毎日、毎週のクロスワード・パズルのコーナーをsu dokuコーナーに差し替えて掲載し出している。日曜版などは1題だけでなく、初級、中級、上級とレベル別に幾種もの問題を出しているものもあるようだ。正解を確認するには翌日、もしくは翌週の新聞まで待たなくてはならないクロスワードと違って、同じ数字さえ使っていなければいいのだから自分で正解か否かが判断できるところが人気のもう一つの秘密かもしれない。「数独」の「独」はそういう意味でもあろう。ある証券関係のsu dokuファンは「仕事が忙しいときは絶対に朝からsu dokuは見ないようにしている。とても集中できないからね。」とインタビュアーに答えていた。 これだけsu dokuが流行るのは、イギリス人は実はパズル好きな国民だからである。僕がいた頃でもいたるところで人々がクロスワード・パズルを楽しんでいる光景にでくわした。新聞や雑誌などのクロスワード欄を広げてせっせと解いているのだ。図書館のポーターたちも入館者が入ってこない間は辞書と鉛筆を片手にクロスワードに向かっていた。
パズルはいくつかの点でイギリス人の気質にあっているように思う。まず周囲に迷惑をかけたり、秩序を乱さないという精神に適合する。一人で静かに解けばいいのだから、ペチャペチャ、ガヤガヤと騒ぐ必要がない。それゆえ周囲の邪魔にも絶対にならない。(騒ぐこともイギリス人は好きなのだが、ちょっとその話は脇に置いておこう。)食後やティー・タイムの時、話し相手がいないあき時間でも、楽しむことができる。第二の点は、単に静かなだけではなく、それが知的作業だからである。合理的な精神の持ち主であるイギリス人は、体を動かすのは嫌いかもしれないが、知的遊戯を極めて好む傾向がある。議論好きなのはもちろん、頭を使ってパズルなどを解くのも好む。人にもよるが、数学なども決して苦手ではない。 シャーロック・ホームズのような理数系が得意で冷静な理性をもった探偵が出てくるのも肯けよう。イギリスには優れた探偵小説、そしてマープルやモースなど優秀な名探偵(架空ではあるが)が多いのもパズル好きな国民性と密接な関係がある。謎、怪事件は一種のパズルで、それを冷徹な分析力で解き解していくプロセスはイギリス人の知性の働きの典型を象徴しているのかもしれない。 パズルだけではない。ゲームも大好きだ。カード(トランプ)やチェスはもちろん、スヌーカー、競馬、サッカーやラグビーのようなスポーツも、果てにはそれらを対象にしたギャンブルまでもやる。確かにそうしたスポーツやゲームの多くはイギリス人によって作られたことは注目に値しよう。 人によってはギャンブルも真剣なのかもしれないが、あるルールを作って、その中で戦略の組み立てや分析をしながらゲーム自体を楽しむ。そうした風土がイギリスにはあるのかもしれない。イギリスが政治や金融・株式にもめっぽう強いのは、彼らにとってはそれらが一種のゲームだからのような気もしてくる。英語でパズルはpuzzle、「難問、解決できないもの」という意味である。動詞で使えば「困らせる、悩ませる」ということだ。まったくもってパズルな国、イギリスである。